「日常」に戻って、穴

夢を見ました。

 

たまに見ていた地下アイドルのライブを見に行って(フェスのような形でした)、そこでMAJIBANCHのマネージャーさんにお会いしました。(同じ事務所のアイドルのステージを見に行ったという流れのようでした)

この事務所には共通のポイントカードがあるのですが、そのポイントカードをまじばんのものからこのグループのものに変えられるよ、と言われました。

言われるがままに、もう使う機会もないし、とカードを変更してもらい、そこに当たり前なのですがまじばんの名前がなくて、そこで初めて(夢の中ですが)めちゃくちゃに泣きわめきました。

 

ラストライブから一か月。ライブ中も、終わってからも、涙を一滴も流すことなく過ごしてきました。

遅れて受け取った特典の推しからの手紙を読んだときは泣きましたが、それでも失った実感はなく、そのまま私の「日常」に戻っていました。

 

もともと大手(私が通うのはハロプロと超特急)の現場が少ない時期であり、3月下旬まではライブ予定がない日々。そこに新型コロナの影響でライブがどんどんとなくなり、というのは予想外ですが、まじばんが抜けた私の日々は一か月もライブ間隔が空くのは当たり前なんだなとは思っていました。

ライブがない日々は、やっぱり少しぽやぽやと輪郭が薄くて、張りがなくて。オタク友達と会って映像を見たり話したりするのですが、それは輪郭をはっきりと取り戻してはくれないんだなぁと実感しているところです。

 

失ったものを実感するのは本当に難しい。失った後のものを見ることで一番実感するのだと思います。

 

これから私は、おそらく地下アイドルの現場に行くことはないのでしょう。そうすると、永遠にまじばんの穴を実感することはないのかもしれません。それでも、たくさんの私の「日常」を作ってくれていたものがないのだなと、ふと思いをはせるのかもしれません。

 

3月下旬にはアンジュルムの推しの室田瑞希ちゃんが卒業します。無観客ライブ、すごくすごく残念ですが、彼女が次のステージに進んだ姿を見たとき、またいろいろと実感するのだと思います。生中継を見ながら泣くのかな。でも実感はしないんだろうな。

 

次いでJuice=Juiceの宮本佳林ちゃんも卒業です。単独ライブはほとんど行ったことがなかったけれど、彼女のアイドルとしての生き様を尊敬しながら、毎回のパフォーマンスでは紫を振っていました。卒業ライブ、行けるといいな。

 

6月、超特急のアリーナツアーに乗車します。そこで一番穴を実感するのでしょう。すごく怖い。でもきっと、彼らの方が。

楽しみな気持ちもありますが、やっぱり複雑です。全力のものを受け取る準備だけはしておきたいと思っています。いろいろ考えても、いいよね。

 

穴を抱えながら日常を過ごす。穴はふさがることなく、忘れられたり思い出されたり。